●徒然なるままに Part4

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2004年11月7日:見ることのなかった映画

 学生の頃、友達3人と閉店後のスーパーで掃除のアルバイトしていた。
 いっしょにモップを持って働くのは、地元のおっちゃんとおばちゃん達で、みんな昼間はそれぞれ本業があるのだが、夜は夜でこうして一生懸命働いている。
 僕らは3人揃うとすぐにバイトをフケたり、寝具売り場に置いてあるベッドで休憩したり、さらにはゴミに混じって落ちているポイントシールを集めたりとサボってばかりいたが、このおっちゃんとおばちゃん達は絶対手を抜かず、黙々と仕事をしていた。

 そんなある日、おばちゃんの一人から映画館の無料招待券を貰った。
 その映画館は商店街の終わりのほうの、通りから少し横道を入ったところにあった。
 もちろん洋画のロードショーなんかやっているはずもなく、閑古鳥の鳴いているうらぶれた場末の雰囲気漂う田舎の映画館である。
 その時代、いわゆる日活ロマン・ナントカという青少年には大変ためになる映画をやっていて、僕らは「これは絶対行かなアカンわ、くれやはったオバチャンに悪い」とかもっともらしい理由を挙げて、3人揃って行く事になった。
 僕らは約束した日を指折り数えて、バイトに励み、ついにその日を迎えた。
 その日はバイトをさぼり、ドキドキしながら、人目を避けて商店街抜け映画館へ行くと・・・・ん?
 上映映画は紺野美沙子主演の映画に変わっていた。
 全員、凍りついた・・・。(プロジェクトえ〜っくす!)

 「こんな映画を見にきたんやない!」、しかし招待券の期限は今日までだった。
 仕方なく入場してみると、さして広くない映画館の中には僕らを入れても5人ほどしかいない。
 そしてストーリーを忘れるほど退屈な映画だったけど、不運というのは続くようで今度は映画の途中で映写機が故障・・・。
 また新しい招待券をもらって出てきたが、僕らはそれぞれ別のバイトに変わったりして会わなくなり、結局、その招待券は使えずじまいになってしまった。
 お陰でそれ以降、こういった類の映画には一度も行ったことがない。
 あの映画館は多分もう存在しないと思うが、僕はテレビで紺野美沙子を見るたびにこの日のことを思い出す。
 今でこそ様々なメディアの中で、オープンな「性」が商品化され、好む好まざるにかかわらず、日本人はそういうものを自然に受け入れている時代であるが、あの時代、あの映画館、そして見ることのなかった映画が、なぜかとても健全に思えるのはなぜだろう?





2004年8月15日:トワイライト・チケット

 「次はあれに乗ろうよ!」
 「ええ〜っ、あれに乗るのかい?、勘弁してくれよ!」
 「あら、恐いの?、嫌なら下で待っててもいいわよ、私一人で乗ってくるから。」
 仕方なく、僕はジェットコースターの順番を待つ列にならぶ。
 昼間の暑さが嘘のように涼しい夏の夜だった。
 この遊園地は毎年夏の間だけナイター営業をやっている。
 子供たちの歓声が溢れる昼間の遊園地とは違う、色とりどりのイルミネーションに包まれた夜の遊園地は彼女のお気に入りだ。
 かたん、かたん、かたん、僕はロックされているセーフティガードのパイプを強く握り締める。
 急な傾斜を昇りきったコースターは後戻り出来ない人生の厳しさを僕に宣言する。
 「顔色悪いよ、ちょっと後悔してるんでしょ?」
 「かなり後悔・・・、ああ〜っ、落ちるぅ〜!」
 彼女は天国に向かって上昇し、僕は地獄に向かって落ちて行った。

 「ほらほら、男なんだからしっかりしなさいよ!」
 口に付いたホットドックのケチャップをナプキンで拭きながら、いたずらっぽく笑う彼女。
 甘ったるいソーダを飲みながら僕は放心状態だった。
 「ああ、ほんとに気持ちのいい夜ね。」
 椅子にもたれ掛け、彼女は眼を閉じた。
 海から吹いてくる涼しい風に彼女の柔らかい髪が揺れる。
 少し生意気そうに見えるけど知的で端整な顔だちは僕等が出会った16歳の頃から少しも変わっていない。
 僕等は同い年なのに彼女はちっとも歳をとらない。
 僕はといえば、日頃の不摂生のお蔭で随分ムクついてしまったというのに。
 「それでいいのよ、あなたの中身は変わらないもの。」
 「あと10年もすれば、援助交際してるオジサンと女子高生に見えるかもな。」
 「大丈夫、私はオジサンもおじいちゃんも大好きよ。」
 「ほんと優しいねぇ、きみは・・・。」

 夜空を見上げると雲の切れ間に月が見えた。
 僕も眼を閉じて、テーブルに頬杖をつく。
 先ほど乗っていたジェットコースターが、うなりを上げて疾走する音が聞こえる。
 その向こうのメリーゴーランドからは古めかしいオルガンの調べ。
 それらに混じって聞こえてくるのは、夏の夜を楽しむ人々の歓声やベンチでささやく恋人達の会話。
 僕はそれらの音に満足して今度は静かに息を吸い込む。
 傍の売店で売られているコットンキャンディの甘い匂いとポップコーンの香ばしい匂いが交互に鼻をかすめる。
 今夜、僕らは太陽が支配する昼の世界を離れ、月が支配する夜の世界に遊んでいる。
 たとえそれが作りモノの幻想であっても、僕らはマジシャンのシルクハットを調べはしない。
 そして、僕は眼を閉じていても彼女がそこにいることを確信しようとする。
 でももし眼を開いて彼女がいなくなっていたらどうしよう。
 僕はあわてて眼を開き、子供じみた考えに可笑しくなって苦笑してしまった。
 「なに笑ってんの?、また変なこと想像してたんでしょ、ほんとにエッチなんだから!」
 慌てて弁明に走る僕を助けてくれたのは、閉園時間を告げる園内放送だった。
 「え〜っ、うっそ〜、まだ来たばっかりなのに急かせるなぁ、う〜ん、あっ、あれあれ、最後はあの観覧車に乗ろうよ。」
 僕が立ち上がる前に彼女は残っていたホットドックをくわえるとトレイを持って走りだした。
 ほんとに彼女はいつまでたっても子供みたいなやつだ。

 ライトアップされた観覧車を真下から見上げると宇宙空間に浮かぶ巨大な宇宙ステーションのように見える。
 それは慣性の法則に従い、時間と空間の中をシュトラウスのワルツにのって永遠に回り続けるように思えた。
 水色のゴンドラに乗って上昇すると先程まで子供のようにはしゃいでいた彼女が急におとなしくなった。
 僕はそっと彼女の細い肩を抱いて引き寄せる。
 「そろそろ家に帰らなくちゃ・・・。」
 「まだ9時なんだけどな・・・、明日はどこへ行こう?」
 「明日は・・・もう会えないの。」
 「そうか、今年の夏休みは終わりなんだ、きみはまた旅行鞄ひとつ持って僕に電話できないほど遠い所に行っちまうんだ、また来年ね、なんて置手紙をして。」
 「そういう冗談はよしてよ!」
 彼女は僕の腕を振りほどき、窓のほうを向いた。
 真面目な話をつい冗談で応えて彼女を怒らせてしまうのは、いつもの僕の悪い癖だ。
 「来年も再来年も、ずっと会えない・・・。」
 「そこまで嫌われてるとは思ってなかったな。」
 「私だってここにいたい!、あなたと一緒にいたいわ!、でも・・・。」
 振り返った彼女は泣いていた。
 「でも?」
 「あなたはこれで幸せ?、一年で夏の間だけ、ほんの束の間しか会えないのよ。」
 「僕は幸せだよ、一緒にスキーに行けないのが淋しいけど。」
 「真面目に答えて・・・。」
 「大真面目だよ。」
 下界に瞬く街の明かりが美しい。
 小さなひとつひとつの光の中にささやかな幸せがあるのだろうか。
 このゴンドラから漏れる光もその明かりの一つであって欲しいと思う。
 僕は彼女を再び抱き寄せた。
 「私は歳をとらない、あなたと一緒に生きる資格はないの。」
 「きみはこのままでいい。」
 「もう私のことは忘れて普通のひとと幸せになって欲しいの。」
 「きみ以外の誰も好きになれない。」
 「あなたはちっともわかろうとしない・・・、私は・・・あなたとは違う世界の・・・住人なのよ・・・。」

 5年前の夏、僕等はこの遊園地に行く約束をしていた。
 渋滞に巻き込まれ、待ち合わせ時間に遅れた僕の車を見つけて、慌てて道路を横切った彼女。
 交差点を左折してきた車に彼女は気づかない、危ない、来るな、止まれ!
 車に接触した彼女の体がスローモーションの映像を見てるみたいにふわり宙に浮かび、そして道路に叩きつけられた。
 どこかで女性の悲鳴、救急車の赤いランプ、病院のベンチで泣き崩れる彼女の両親・・・即死だった。
 葬儀に行かなかった僕は、一年経っても彼女がいなくなってしまった本当の理由がうまく理解できなかった。
 否、理解しようとしなかったのかもしれない。
 それから毎年、掛かってくるはずのない彼女からの電話に何の疑いも持たず、僕はあの待ち合わせ場所へ再び車を走らせる。
 「ねぇねぇ、今夜、あの遊園地に行かない?」
 「うん、今度は遅れないように行くからね。」

 抱きしめた彼女の体が暖かい、柔らかい髪から甘く切ない香りがする。
 どうしてこれが現実でないなんて信じられるのだ。
 「そんなことはどうでもいい、きみがきみであることに変わりはない。」
 「あなたを愛してくれる人がきっといるわ。」
 急に彼女の体が軽くなった。
 「だめだ、だめだ、行くな、ここにいるんだ、まだ夏は終わってない!」
 さらに彼女の体が軽くなったかと思うと白い霧のかたまりに変わり、ゆっくりと僕の腕をすり抜けてゆく。
 「お願いだ、行かないで・・・。」
 もう僕の声は届かない。
 「ありが・と・う・・・あい・して・く・れ・て・・・・。」
 ゴンドラが一番高い所に来た時、彼女は揺らぎ、やがて夜の中に拡散して消えた。
 ありがとう、さようなら・・・。
 僕をひとり乗せたゴンドラがゆっくりと下降を始める。
 ふと気づくと閉園を知らせる音楽が流れていた。
 そして、彼女の座っていたシートには、遊園地の入園券が切られないまま残っていた。

注)これはフィクションです、念のため。
1995年に某サイトに書いたものを今回の掲載にあたり加筆しました。
また、観覧車の画像については 「NIGHT Windows 東京の夜景」よりご了解を得てお借りしました。





2004年8月7日:はるかな遠い海

 先日、神戸の須磨海岸へ泳ぎに行った。
 息子達にとっては初めての海なので、日本海へ行きたかったのだが、こちらも意外にきれいな海だった。
 やたら怖がっている6歳の長男と対照的に、3歳の次男はひとりで勝手に海に入ろうとするので目が離せない。
 「う〜みぃは、ひろい〜なぁ、おおき〜ぃなぁ〜」と歌いながら楽しそうに浮き輪でプカプカ浮いていた。
 須磨を綺麗な海に戻そうと努力している人たちに感謝したい。

 僕自身、琵琶湖が近いせいか、また海が遠いせいか、海で泳いだことがほとんどない。
 まだ就学前に初めて家族で海へ行ったようだが、まったく覚えていない。
 砂浜に置かれたボートに父と兄と僕の三人が乗って写っているモノクロ写真があるのみだ。
 この写真に写っている僕はなぜか女の子のワンピースの水着を着ている。
 水着を買いに行った時に、僕がこれがいいときかなかったようで、まぁ、昔は男の水着もワンピースだったし、小さい子供だからいいかと母はこれを買ってくれたのだ。
 この水着のことはおぼろげに覚えている、水色でリスのワンポイントが入っていた、当時はきっとそこのところに惹かれていたのだろう。
 ところが、後日、この水着のお陰で兄はかなり辛い立場に立たされることになる。
 夏休みに僕を連れて小学校のプールへ行った兄は友達から「おまえの弟、男やのに、なんで女の水着着とるねん?」とからかわれたのである。
 もっともな反応であるが、兄には彼らを納得させる回答も、笑って回避できる気の利いたジョークも持ち合わせていなかったことが不幸であった。
 当然、兄はもう二度と僕をプールに連れてゆくのは嫌だと母に訴えた。
 それでも僕はその夏中、このお気に入りの水着を着て、兄にくっついて小学校のプールへ通い続けた。
 兄の苦労が偲ばれるエピソードである。

 以前、こんな夢をみたことがある。
 どこか海のある避暑地(外国のようである)に僕は見知らぬ人たちと釣りをしたり、海で泳いだりしている。
 ぜんぜん知らない人ばかりなのに、とても親しくて、僕は彼らと遊んでいるのが楽しくてたまらない。
 でもやがて夏も終わり、彼らは大きなバスに乗って去ってゆくのだ。
 僕は彼らと一緒には行かず、そこにひとりで残る。
 「また来年の夏、会いましょう!」互いに手を振って別れを告げたところで目が覚めた。
 明るい日差しと真っ青な海、楽しかった思い出、そういうものが夢とは思えないほどリアルに思いだせると同時に、取り残されたという切ない気持ちが胸にこみ上げてきた。

 あれはなんだったんだろう?、いつか見た映画のワンシーンなのだろうか?、ひょっとして前世の記憶なのかもしれない。
 でも現実の僕は、海に行きたいと思ってはいても、わざわざ海へ出かけてゆく面倒さが先にたってしまうのだ。

 「夏だし、海、行きたいね。」

 「うみ?、ああ、行けたらいいね。」

 喫茶店のテーブル越しに、毎年、誰かとそんな会話を交わすうちに夏は過ぎていった。
 そして、いつも夏の終わりになって僕はひとりで遠い海に思いを馳せる破目になる。

 「うみ?、いいね、じゃあ、今度の休みに行こうか?」

 なぜそんなふうに言えなかったのだろう。
 過ぎ去った時間はグラスの中で融けてゆく氷のように何の痕跡も残さない。

 あれから夏は何度も廻ってきたけど、あの夏に行こうよと誘われていた海にはもう行けなくなってしまった。





2004年6月26日:7月になれば


 6月の終わりのある日
 僕は一万数千回目の朝に眼を覚ます
 真新しいベッドの上で猫のように
 ゆっくり手足を伸ばして起き上がる
 寝ぼけ眼で窓のところまでゆくと
 まだ一度も開いたことのないカーテンを左右に開く
 思いがけなく
 窓の外には抜けるような青空が・・・




     眩しさに眼を細めると
     生き生きとした緑の向こうに
     新調したばかりの夏服を着た湖が見える
     すべてが今朝生まれたばかりのように真新しく
     そしてすべてがやさしい




 ずっと雨の中を歩いていたんだ
 大きな石を抱えて
 この家に辿り着くことだけを信じて
 ”オマエはシアワセにはなれない”なんて
 (いったい誰が言ったのだろう?)
 ”オマエはジブンのことしか考えていないから”
 (それはそうかもしれないけど・・・)





     7月になれば、きみがこの家にやってくる
     真新しいエプロンと下ろしたての笑顔を持って
     「おはよう!、きっとうまくいくよ」
     いったい誰が言ったんだろう?
     僕が幸せになれないなんて






 それにしても・・・
 ねぇ、なんて気持ちの良い朝なんだろう
 なんて素敵な朝なんだろう
 なのに・・・
 ねぇ、なんで泣けてくるんだろう?





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